会長挨拶

私たちの「歴史的現在」は?

教育思想史学会会長 西村拓生


 コロナ禍のため昨年に続いてオンライン開催となった第31回大会を終え――困難な運営にご尽力くださった、小玉重夫前会長、山名淳前事務局長をはじめとするスタッフの皆さまに、あらためて感謝しつつ――教育思想史学会の運営を引き継ぎました。
 「今日の教育思考の歴史的構造を明らかにする意図」(設立趣意書)で1991年にスタートした研究会を前身とするこの学会。ちょうど30年を経て、設立趣意書に名を連ね学会を主導してきてくださった、いわば第1~2世代の多くが後見に回られ、理事会メンバーの大半が第2.5世代から第3世代によって構成される時代になりました。今回、学会運営を敢えてお引き受けしたのは、その草創期を体験し、育てていただいた世代の責務と考えたからです。

 「つながり」をキーワードとして学会を企画・運営してこられた小玉前会長の3年間、奇しくも私たちは、私たちの「つながり」に対するいくつかの大きな挑戦に見舞われました。学術会議の任命拒否問題によって私たちは、私たちの研究と社会との、そして政治とのつながりの断絶や歪みについて、深刻な反省を促されました。何よりCOVIT-19のパンデミックは、さしあたり私たちの研究や教育におけるコミュニケーションのあり方を大きく変えましたが、それが人間と人間との「つながり」方に及ぼす深刻な文明史的影響は、まだまだ見通すことが困難です。ワクチンや治療薬が普及したとしても、私たちはコロナ以前の日常に安閑として戻ることはできないでしょう。そこで変わってしまったこと、また、そこで顕在化したことから目を背けて生きることは、もはやできないと思われます。

 では、これからの3年間、私たちの学会は如何にあるべきでしょうか。
 上述のような状況の中で、おそらく私たちには、様々な位相において私たちの「歴史的現在」をどのように見立てるのかが、以前にも増して厳しく問われていると考えます。パンデミックに直面した私たちが今、何処に立っていて、何処に向かおうとしているのか、それは今に目を凝らしているだけでは見えません。過去の思想的テクストとの対話は、その中でこそ私たちの「歴史的現在」が立ち上がる重要な契機です。逆にまた、教育思想史研究という営みが、今ここの状況において如何なる意味をもちうるのかは、私たちが教育をめぐる自らの「歴史的現在」を如何に見立てるのか、それ次第でしょう。――ことによると、それをとりわけ自覚的に遂行することこそが、私たちが教育思想“史”学会である所以かもしれません。それをあらためて明晰に意識しつつ、そのための省察と討議の舞台をしつらえることが、今期の学会運営の課題である、と考えます。

 もう一つ。今期の学会運営は関西勢が中心を担うことになります。かつて二度、この学会では関西シリーズがありました。研究会時代の手作りの気風を受け継ぐこの学会の運営には、その時々の事務局スタッフの個性が色濃く反映し、大会には場の形成力が強く働くように――たとえば中央大学駿河台記念館や京都大学楽友会館での大会を想起しつつ――感じます。今度の関西シリーズも、再びこの学会の議論に独特の趣と奥行きを与えることになるのではないか、きっと皆さんもそれを期待して、私たちに学会運営が委ねられたのではないか、とも思います。幸い、小野文生事務局長、相馬伸一編集委員長をはじめ、頼もしいメンバーで事務局を構成することができました。

 前事務局が工夫を重ねてくださったオンライン大会の豊かなレガシーを受け継ぎつつも、できるならば来年の夏の終わり、鴨川をわたる涼風に吹かれながら大会での議論の余韻にひたる私たちの姿を思い浮かべて、ご挨拶とさせていただきます。

2021年11月1日