会長挨拶

私たちの畑を耕す

教育思想史学会会長 松下良平

本学会は今年の大会で25回を迎えました。前身の近代教育思想史研究会の創設(1991年)以来、ほぼ4半世紀が経ったことになります。会員が300名ほどに膨れあがった今日でも当時の自由な談論風発の雰囲気が残っていることを、まずはうれしく思います。

本学会は他の学会と異なるところがいくつかあります。なによりも特徴的なのは、近代教育思想史研究会が「近代教育学批判という思想運動」(設立趣意書)という方向性をもっていたことです。本学会の「目的」は「教育的思惟の歴史的構造を解明することを通して、教育の学術的研究の発展に寄与すること」であり、「近代教育学批判」を前提にしているわけではありません。ですが、そのような批判の姿勢が、その後もこの学会発展の大きな原動力となってきたことはたしかだといえます。

もう一つの特徴は、通常の学会大会が個人(個別グループ)の発表がメインであり、いわば展示会の趣を見せているのに対して、本学会は研究会のよき遺産を引き継いで、研究討議を中心に据えていることです。応募制の個人発表はまったくないわけですが、図らずもこのことが重要な意義をもっているように思われます。学会が個人の業績づくりの場として都合よく使われる可能性が小さく、その分だけ本学会は「消費」されにくいということです。

さらに、シンポジウムからうかがえるように、「『教育』のアクチュアリティ」(松浦良充前会長)に積極的にかかわろうとする点もまた本学会の特徴になっています。そのときユニークなのは、教育思想史が厳密な意味の教育思想史研究を超えて、いわば教育学一般の接近法や視点・観点としても位置づけられていることです。どのような教育理論や教育実践も一定の教育哲学を必要としますが、それと同様に「教育的思惟の歴史的構造の解明」もまた、厳密な意味の教育思想史研究だけでなく、さまざまな領域の教育学も踏まえておくべき基本的な知的営為です。歴史に無自覚な教育学はそのことだけで浅薄になり、偏向したものにならざるをえません。そのことを自覚して、教育思想史プロパー以外の研究者にも広く門戸を開いてきたことが、実は本学会の最大の特徴といえるのかもしれません。

創設以来4半世紀が過ぎると、本学会もいよいよ成熟段階に入るということができるのではないでしょうか。振り返ってみれば、「近代教育学批判」が一定の成果を収めてきた一方で、乗り越えるべき課題もまた浮き彫りになってきたように思います。

一つは、近代の教育・教育学への批判の結果、かなり皮肉な事態が生じたということです。90年代以降に加速化したグローバル化という奔流に教育がのみ込まれた影響も大きかったとはいえ、近代教育学批判の後には、もはや教育学という学問を必要としないような空疎で単純な教育がはびこるようになってしまいました。

私にはこの空虚な教育もまた近代教育のなれの果てであるように思われます。そしてそれは、一刀両断に近代教育学を切り捨てようとするだけでは克服できないもののように思われます。近代教育学批判の成熟段階では、近代教育学の成果をもっと丁寧に分析・考察し、再評価を含め複眼的な評価を試みると同時に、近代教育学の相対化をさらに徹底することで、未来への新たな展望を切りひらくことが求められているのではないでしょうか。一見相反する二つの力を共に活性化することが、研究をより豊かなものにしていくということです。

残された課題はもう一つあります。かつての近代教育思想史研究会には教育哲学会や教育史学会といった“老舗”への挑戦という意識が見え隠れしていましたが、世代交替が進み、たとえば教育哲学会と本学会の運営サイド(理事等)がかなり重なるようになった今日では、老舗との棲み分けが課題になっているということです。とはいえ、この期に及んでことさらに「差別化」を図る必要はないように思われます。本学会の「消費されない」研究拠点としての性格をもっと強化すれば、本学会の存在意義がさらに際立つと考えるからです。つまり、さまざまな境界を超えて人と人が出会い、問いを深め、「探究の歓び」(田中智志元会長)を噛みしめながら、研究交流や研究討議を進める「フォーラム」としての性格を徹底すればよいということです。

そのためには、多様な領域の教育学にとって不可欠となるような教育思想史研究を活性化することで、より広範囲の論者を学会の議論に巻き込むことが必要になります。しかし同時に、ここでもまた相反するもう一つ別の力の活性化が求められます。教育思想史プロパーの研究者による専門的な研究をさらに充実させていく必要があるということです。そのような土台なしには、教育研究の接近法や視点・観点としての教育思想史研究もありえませんから。

以上はいずれも私の個人的な思いであって、学会の今後の方針というわけではありません。ヴォルテールは『カンディード』において、苦難の旅路を経ながらライプニッツの予定調和説の矛盾をあらわにした主人公に最後にこう言わせています。「私たちの畑(庭)を耕さなければなりません」(レナード・バーンスタインが舞台作品『キャンディード』でこのセリフ 'Make our garden grow' に感動的な音楽を付けています)。今や私たちも同じセリフを口にするしかないのかもしれません。論敵批判のための旅路の果てに私たちが見いだしたのが「焼畑」(山内紀幸論文『近代教育フォーラム』14号)だったのであれば、なおさら。

これからの3年間は、久しぶりに関西地区を中心に学会運営がなされます。松浦良充会長、古屋恵太事務局長、山名淳編集委員長というこれまでの体制のような盤石な運営ができるかどうかはわかりませんが、幸いなことに新体制でも岡部美香事務局長と小玉重夫編集委員長という実に強力な布陣が整いました。井谷信彦・間篠剛留事務局長補佐に加え、事務局幹事は大阪大学と京都大学の大学院生諸氏が務めてくださいます。編集委員会を含め、学会の運営は多くの人びとの隠れた力によって可能になっていることを改めて実感しているところです。

とはいうものの、学会が活性化するためには、何よりも会員一人ひとりのコミットメントが欠かせません。今後もみなさまからいろいろな議論やアイデアがわき起こってくることを心から願っています。

 

2015年10月31日