教育思想史学会奨励賞

教育思想史学会奨励賞は、今後、教育思想史研究を担っていくことが期待される、比較的研究歴の浅い、将来性と可能性に富んだ研究者に贈られるものであり、『教育思想事典』(今後は『増補改訂版』の分も含む)の印税寄付による特別会計予算を有効に活用し会員の研究活動に有益な還元を行う一環として、2003/04年度に創設されました。

第16回教育思想史学会奨励賞の審査結果

第16回教育思想史学会奨励賞の募集は、2018年11月30日に締め切られ、奨励賞特別選考委員会および理事会において厳正に審査した結果、受賞者が決定しました。
以下に、教育思想史学会奨励賞特別選考委員会からの報告を掲載いたします。

【受賞者】桑嶋 晋平(東京大学大学院)

【受賞論文】戦前・戦中期の勝田守一における他者あるいは他者とともにあることをめぐる問題(『教育学研究』第85巻第3号、2018年9月)

【授賞理由】

本論文は、戦後教育学を代表する論者の一人であり、近代的な主体形成論が注目されてきた勝田守一の思想を、戦前・戦中期にまで遡って西田哲学から和辻倫理学へと続く系譜に位置づけつつ、他者論の視点から解釈することを試みた意欲作である。

この解釈を通して、勝田が「同一性に回収されざる他者」との動的な共在という「存在の本来性」に依拠して純粋自我たる近代的な主体を批判的に論じていたことを明らかにする一方で、まさにその「本来性への回帰」という思考こそが同一性に回収されざる他者の喪失を招来しかねない点に彼の思想的限界があることを考察している。

旧制松本高等学校における講義録や講義プリントを含む勝田のテキストやその他の関連諸文献に関する精緻な読解に基づいて展開される手堅く明快な考察は、勝田の思想的出自を京都学派の思想圏に見出そうとする点に特に独自性を有しており、戦前のファシズムと戦後の民主主義教育に通底する問題性を解明し、近代教育学(史)および戦後教育学(史)に再検討を迫る基礎研究として高く評価され得る。

ただし、審査に際しては、本論文の全体にわたって文脈と論理が熊野純彦らの研究によって彫琢されたレヴィナス由来の他者論の枠組みに則って構成されており、そのため勝田本人の思考や思想史的背景に寄り添う内在的吟味に徹し切れていない点が、教育思想史研究としての本論文の本質的な課題であることも指摘された。

もちろん、現代思想をふまえたアクチュアルな視角から過去の思想を再解釈する試み自体は否定されるべきものではないが、歴史的背景や論理的文脈の相違を十分に吟味するという一定の手続きを経る必要があることは言うまでもない。

とはいえ、この指摘は教育思想史研究の次代を担う研究者としての著者の力量と将来性をいささかも損ねるものではない。それは、当学会の内外で発表されている著者の諸論文のなかですでに十分に示されている。今後、本論文に展開された基礎研究の上にさらに、思想史的必然性をふまえた本来性概念の批判的考察や戦後教育学における京都学派的契機の未発の可能性に関する吟味など、教育思想史研究の発展に実りある貢献が著者によってなされることを期して、特別選考委員会および選考委員会は本論文に奨励賞を授与するものである。

選考委員会委員長 小玉重夫

教育思想史学会奨励賞・過去の受賞

受賞者(所属) 受賞論文
第15回 伊藤 敦広(作新学院大学女子短期大学部) 「他なるもの」の理想化としての陶冶――フンボルト陶冶論における古代ギリシャの意義
第14回 該当なし 該当なし
第13回 山田 真由美(慶應義塾大学・院生) 高坂正顕の教育思想における『主体』概念
第12回 村松 灯(東京大学・院生) 非政治的思考の政治教育論的含意―H. アレントの後期思考論に着目して―
第11回 河野桃子(信州大学) 前後期シュタイナーを貫く「世界自己」としての「私」という観点―シュタイナーのシュティルナー解釈に見られる倫理観に着目して―
第10回 生澤繁樹(上越教育大学) 民主的な子どもの性向を育てる―デューイにおける家庭・学校・共同体のアポリア―
第9回 関根宏朗(岩手県立大学) エーリッヒ・フロム『自己実現』論の再構成―『持つこと』と『在ること』の連関に注目して―
第8回 鈴木篤(兵庫教育大学) 1920年代ドイツ「教育の限界論争」の再検討―S.ベルンフェルトの議論を中心に―
第7回 青柳宏幸(中央大学・非常勤) マルクスにおける労働と教育の結合の構想―国際労働者協会ジュネーブ大会における教育論争を手がかりとして―
第6回 小野文生(京都大学) 分有の思考へ―ブーバーの神秘主義的言語を対話哲学へ折り返す試み―
第5回 古屋恵太(東京学芸大学) 「自然な学び」の論理から「道具主義」は離脱できるか?―現代社会的構成主義への進歩主義教育の遺産―
第4回 森岡次郎(大阪大学) 「新優生学」と教育の類縁性と背反―「他者への欲望」という視座―
第3回 下司晶(上越教育大学) 〈現実〉から〈幻想〉へ/精神分析からPTSDへ―S.フロイト〈誘惑理論の放棄〉読解史の批判的検討―
第2回 岩下誠(東京大学大学院) ジョン・ロックにおける教育可能性に関する一考察―観念連合を中心に―
第1回 北詰裕子 J.A.コメニウスにおける事物主義と図絵 ― 17世紀普遍言語構想における言葉と事物 ―

過去の授賞理由はこちらをご覧ください。

教育思想史学会奨励賞規約

1.教育思想史研究の発展に寄与する研究業績を顕彰するために「教育思想史学会奨励賞」(以下単に「賞」と呼ぶ)を創設する。

2.賞の対象は、教育思想史学会の会員によって雑誌論文、分担執筆論文等の形で過去3年以内に公刊された単一の単著論文とする。

3.選考委員会は全理事によって構成し、会長が選考委員会の長を兼ねる。

4.選考委員会は賞の対象となる論文を会員から募集する。応募する会員は選考の対象となる自著論文を選考委員会に送付する。

5.会員は選考の対象となる論文を推薦することができる。推薦を希望する会員は、推薦する論文を選考委員会に送付する。

6.選考の対象となる論文は、(1) 会員が応募した論文、および(2) 会員が推薦した論文とする。

7.選考委員会は賞を授与すべき論文を選考し、その著者に賞状ならびに副賞5万円を授与する。