教育思想史学会奨励賞

教育思想史学会奨励賞は、今後、教育思想史研究を担っていくことが期待される、比較的研究歴の浅い、将来性と可能性に富んだ研究者に贈られるものであり、『教育思想事典』(今後は『増補改訂版』の分も含む)の印税寄付による特別会計予算を有効に活用し会員の研究活動に有益な還元を行う一環として、2003/04年度に創設されました。

第21回教育思想史学会奨励賞の選考結果

第21回教育思想史学会奨励賞の募集は、2023年11月30日に締め切られ、奨励賞特別選考委員会および理事会(選考委員会)において厳正に審査した結果、2名の受賞者が決定しました。
奨励賞授賞式は第34回大会で行われる予定です。以下に、教育思想史学会奨励賞特別選考委員会からの報告を授賞式に先立って掲載いたします。

【受賞者・対象論文】

安道健太郎(長崎総合科学大学)
「アドルノのプロパガンダ研究における社会的啓蒙の構想――民主的リーダーシップ概念に注目して」(『教育学研究』第89巻第4号、2022年12月)

中西亮太(東京大学大学院)
「ロールズの正義感覚の思想史的研究――ピアジェからの影響に焦点を当てて」(『近代教育フォーラム』第31号、2022年9月)

【授賞理由】

今回の奨励賞特別選考委員会の席上では、近年、若手の研究者が直面を余儀なくされている困難が議論された。授賞に値する論文は、他ならぬ「教育思想史」学会の賞である以上、単なる「思想研究」ではなく、その思想が何らかの歴史的コンテクストにおいて検討されている必要があるが、加えて、その思想史的検討を通じて、何らかの大きな原理的な問いに関して新たな視角が開かれていることが望ましい。然るに、早期の学位取得がアカデミアへの就職の前提条件となっている現状では、投稿論文も学位論文の全体構想を分割したユニットにならざるを得ず、上述のように思想史的検討を通じて大きな原理的問いに正面から挑む、いわばアンビシャスな論文が書きづらいのではないか、と。今回、候補となったいくつかの論文にも、そのような困難を充分に克服し得ていない憾みが無くはなかった。そのなかで、今回、奨励賞特別選考委員会および理事会(選考委員会)では上記二名に授賞することを決定した。

安道論文は、アドルノの亡命時代のプロパガンダ研究の詳細な検討を通じて、その中の「カウンター・プロパガンダ」の概念が後年の教育論における「民主的リーダー」の概念につながっていることを明らかにしている。『啓蒙の弁証法』のペシミスティックな啓蒙観と、後年の教育論において民衆を「自律」「成人性」へと導こうとする啓蒙的な姿勢とのギャップという、アドルノ解釈の難問に一つの一貫した見通しを与えている点が選考委員会では高く評価された。その反面、亡命期と後年、それぞれの思想の歴史的文脈の検討は今後の課題にとどまり、また、当のカウンター・プロパガンダ概念等の内実への哲学的考察も必ずしも充分ではないため、先行諸研究に対する独自性や、アドルノ研究を通じた教育的営為の原理的考察について物足りなさを指摘する意見もあった。

中西論文は、ハーバード大学のアーカイブズ資料を用いて、『正義論』に至るまでのロールズの思想形成に対するピアジェの影響――正義感覚の発達段階論や、その根底に互恵性を見出すこと、ゆえに正義感覚を「潜勢力」と捉えること――を明らかにしている。それを通じて、正義論に対するケア論からの批判に応答しうるロールズ思想のオルタナティブな読解可能性をひらいている点が選考委員会では高く評価された。その反面、論証の鍵となる「バランスを欠いた互恵性」の概念が、はたしてケア論からのロールズ批判に充分に答えていることになるのか、という疑問や、そのような読解がむしろロールズ思想の独自性を弱めることになるのではないか、という疑問が出された。また、正義感覚論の思想史的背景の検討がピアジェとの関係にとどまっていることに物足りなさを指摘する意見もあった。

おそらく冒頭で述べたような事情もあって明確な決め手を見出し難いなかで、議論の結果、特別選考委員会では、比較的研究歴の浅い会員の研究を奨励するという賞の趣旨に鑑みて、上記二論文における、必ずしも未だ明示的に論じ切られていないものの潜在する豊かな思想史的・原理的な洞察の可能性を――前者においてはいわばアウシュビッツ以後の啓蒙と教育への逆説的希望の原理的解明を、後者においてはカント主義や社会契約論を超えた正義論の思想史的射程と人間形成論的アクチュアリティを――積極的に評価して授賞したい、という結論に至った。

本学会の若手会員が上述のような困難に萎縮することなく、闊達に野心的に研究に挑んでくれることを、そして本学会がそれを伸びやかに支える場であり続けることを念じつつ、第21回教育思想史学会奨励賞の授賞報告とさせていただく。

選考委員会委員長 西村拓生

第21回教育思想史学会奨励賞募集のお知らせ【締め切りました】

教育思想史学会では、下記の通り「教育思想史学会奨励賞」(第21回)の募集を行います。

候補者のノミネートは、会員からの自薦および他薦により行われます。学会および学会員の方々にとって新たな研究活動に向けた活力の源になることを願って創設されたこの奨励賞に、今回も多くの応募があることを期待しております。

Webサイト上からの応募となりますので、ご注意ください。

教育思想史学会奨励賞(第21回)応募フォームはこちら

応募にあたっては、下記の条件とともに、本ページ下部にある奨励賞規約をご一読ください。

第21回教育思想史学会奨励賞の応募対象

教育思想史学会の会員によって雑誌論文、分担執筆論文等の形で、2020年12月1日以降に公刊された単一の単著論文。

応募に必要なもの

所定のフォームにて以下の内容のご記入をお願いいたします。

①自薦・他薦の別、②記入者氏名、③記入者の所属、④記入者のメールアドレス、⑤応募論文の書誌情報(著者名、タイトル、掲載雑誌名、巻号数、所収頁数)(書籍の場合は、著者名、タイトル、出版年)、⑥(他薦の場合)推薦理由(400字以内)。

応募受付期間

2023年9月1日(金)0時より11月30日(木)24時まで

*なお他薦の場合、推薦者におかれましては、被推薦者に事前にご承諾を得ていただくとともに、会員資格につきましてご確認をお願いいたします。推薦時点で非会員でも問題ありませんが、その場合は入会していただくことが候補者の条件となります。

以上

第20回教育思想史学会奨励賞の選考結果

第20回教育思想史学会奨励賞の募集は、2022年11月30日に締め切られ、奨励賞特別選考委員会および理事会(選考委員会)において厳正に審査した結果、1名の受賞者が決定しました。
奨励賞授賞式は第33回大会で行われる予定です。以下に、教育思想史学会奨励賞特別選考委員会からの報告を授賞式に先立って掲載いたします。

【受賞者】
 森 祐亮(株式会社OpenDNA/慶應義塾大学)

【受賞論文】
「G. ブックのヘルバルト解釈とその思想史的背景——ドイツ戦後保守知識人たちの教育論との親和性——」(『近代教育フォーラム』第29号、2020年9月)

【授賞理由】

本論文は、ガダマーに学んだ戦後ドイツの教育哲学者ギュンター・ブックのヘルバルト解釈を、1970年代のドイツの保守思想を背景として捉え直そうとしたものである。具体的には、まず1978年のシンポジウム「教育への勇気」における保守知識人たちの教育論が検討され、教育にとって文化や伝統を、解放的教育学が批判するような否定的なものでなく必要不可欠なものと捉える姿勢がそこに共通して見られることが指摘された上で、ブックによるヘルバルトの「陶冶可能性」の解釈が、それらと親和性をもつことが明らかにされている。すなわち、陶冶可能性概念にはカントの超越論的自由に対する教育学からの反論という意味が込められていると指摘するブックのヘルバルト解釈の背景には、保守知識人と同じく文化や伝統を重視する姿勢が認められ、それによって超越論的自由と教育のアポリアの解消が試みられたのだ、と。さらに、陶冶可能性が発揮されるためには他者による意図的な介入が不可欠であり、それを示すのがヘルバルトの「教育的因果性」と「作為としての教育」の概念である、とするブックの解釈は、「零地点から一挙に正しさに達し、社会変革を目指す」解放的教育学の理性の捉え方を批判し、歴史性と有限性を強調する保守知識人の立場と響き合うことが指摘される。

以上のように本論文は、ヘルバルト/ブック/保守知識人というテクストの重層的な連関の緻密な検討を通じて一つの教育学的認識を取り出しつつ、他方で、それらの思想を生んだ時代の歴史的特徴――戦後ドイツにおける教育論と保守・革新との関係――にも新たな光を当てることに成功している。教育思想史研究のいわば王道に正面から取り組み、一定の成果を示している点が、選考委員会では高く評価された。

選考の過程では、ブックのヘルバルト解釈についての説明や、ブックの「中道」保守の立場と解放的教育学との対立をめぐる考察など、必ずしも議論が充分とはいえない点がある、という指摘もなされたが、これらは、上記のような野心的な課題に単一の論文において挑んでいるがゆえの困難でもあり、教育思想史研究の次代を担う研究者としての著者の将来性への期待を損なうものではない。むしろ本論文の成果から、社会批判や社会改良の手段としての教育と伝統や慣習と密接につながる文化的営みとしての教育との間の緊張や、ドイツ戦後教育における保守と革新の功罪を教育思想はどのように引き受けることができたのか、など、さらに興味深い原理的、思想史的な考察が展開される可能性と期待が、選考委員会では語られた。

よって奨励賞特別選考委員会および理事会(選考委員会)は、本論文に第20回教育思想史学会奨励賞を授与するものである。

選考委員会委員長 西村拓生

教育思想史学会奨励賞・過去の受賞

受賞者(所属) 受賞論文
第19回

川上 英明(山梨学院短期大学)

森田 一尚(大阪樟蔭女子大学)

田邊元と森昭の経験主義批判における認識論の問題:京都学派教育学における「行為的自覚」の系譜

E. フロム精神分析理論における宗教論の教育的含意

第18回 吉野 敦(早稲田大学大学院) フランスにおける最初期ペスタロッチ受容の思想的基盤ーーマルク=アントワーヌ・ジュリアン以前の動向に着目してーー
第17回 堤 優貴(日本大学) 後期フーコーの倫理的主体形成論における『教育的関係』ーー1980年代のプラトン読解を中心にーー
第16回 桑嶋 晋平(東京大学大学院) 戦前・戦中期の勝田守一における他者あるいは他者とともにあることをめぐる問題
第15回 伊藤 敦広(作新学院大学女子短期大学部) 「他なるもの」の理想化としての陶冶――フンボルト陶冶論における古代ギリシャの意義
第14回 該当なし 該当なし
第13回 山田 真由美(慶應義塾大学・院生) 高坂正顕の教育思想における『主体』概念
第12回 村松 灯(東京大学・院生) 非政治的思考の政治教育論的含意―H. アレントの後期思考論に着目して―
第11回 河野桃子(信州大学) 前後期シュタイナーを貫く「世界自己」としての「私」という観点―シュタイナーのシュティルナー解釈に見られる倫理観に着目して―
第10回 生澤繁樹(上越教育大学) 民主的な子どもの性向を育てる―デューイにおける家庭・学校・共同体のアポリア―
第9回 関根宏朗(岩手県立大学) エーリッヒ・フロム『自己実現』論の再構成―『持つこと』と『在ること』の連関に注目して―
第8回 鈴木篤(兵庫教育大学) 1920年代ドイツ「教育の限界論争」の再検討―S.ベルンフェルトの議論を中心に―
第7回 青柳宏幸(中央大学・非常勤) マルクスにおける労働と教育の結合の構想―国際労働者協会ジュネーブ大会における教育論争を手がかりとして―
第6回 小野文生(京都大学) 分有の思考へ―ブーバーの神秘主義的言語を対話哲学へ折り返す試み―
第5回 古屋恵太(東京学芸大学) 「自然な学び」の論理から「道具主義」は離脱できるか?―現代社会的構成主義への進歩主義教育の遺産―
第4回 森岡次郎(大阪大学) 「新優生学」と教育の類縁性と背反―「他者への欲望」という視座―
第3回 下司晶(上越教育大学) 〈現実〉から〈幻想〉へ/精神分析からPTSDへ―S.フロイト〈誘惑理論の放棄〉読解史の批判的検討―
第2回 岩下誠(東京大学大学院) ジョン・ロックにおける教育可能性に関する一考察―観念連合を中心に―
第1回 北詰裕子 J.A.コメニウスにおける事物主義と図絵 ― 17世紀普遍言語構想における言葉と事物 ―

過去の授賞理由

過去の授賞理由はこちらをご覧ください。

教育思想史学会奨励賞規約

1.教育思想史研究の発展に寄与する研究業績を顕彰するために「教育思想史学会奨励賞」(以下単に「賞」と呼ぶ)を創設する。

2.賞の対象は、教育思想史学会の会員によって雑誌論文、分担執筆論文等の形で過去3年以内に公刊された単一の単著論文とする。

3.選考委員会は全理事によって構成し、会長が選考委員会の長を兼ねる。

4.選考委員会は賞の対象となる論文を会員から募集する。応募する会員は選考の対象となる自著論文を選考委員会に送付する。

5.会員は選考の対象となる論文を推薦することができる。推薦を希望する会員は、推薦する論文を選考委員会に送付する。

6.選考の対象となる論文は、(1) 会員が応募した論文、および(2) 会員が推薦した論文とする。

7.選考委員会は賞を授与すべき論文を選考し、その著者に賞状ならびに副賞5万円を授与する。